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バブル相場を考える

中嶋 健吉

2021/02/25 07:57

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昨年11月25日、当ブログで「バブル相場はこうして作られた」として、株式需給面から1989年末までのバブル相場を検証しました。 今回は何故バブル相場が生まれたのか、その背景を自分なりに探ってみたいともいます。 

【1985年9月22日プラザ合意 ドル安・円高を容認】
 当時の円/ドル      250円近辺
 12月末         200円を切る
 1987年末        120円台に

【円高不況と輸出不振を恐れた政府は大規模金融緩和を決定】
  • 1986年1月30日
    公定歩合5%を0.5%切り下げ4.5%に。
    更に3月、4月、11月と連続切り下げ。
  • 1987年2月
    2.5%まで引き下げ
【更に1987年5月緊急経済対策を決定】
  • 5兆円の財政支出
  • 1兆円の所得減税
【しかし景気は1986年1月にすでに底を打っていた】
 円高により外需はマイナス▼1.4%落ち込み
 円高により内需はプラス△4.1拡大

  • 円高により輸入物価が下がり、交易条件が1986年に40.3%向上。
  • これは実質所得が増えたに等しい。
  • 更に原油価格が30ドルから9.5ドルに1/3に下落
景気が既に底を打てるのに、屋上屋を重ねる景気対策が未曽有の金余りを生みバブルに至るのです。そしてバブル崩壊。 

1990年に入りバブル崩壊後の景気維持のため、政府は毎年大きな経済対策を打ちます。 更に1995年の阪神淡路大震災復興支援で、対策規模を拡大します。  名目GDPは1990年の453兆円から1997年には534兆円まで拡大します。 景気が立ち直ったと誤解した政府は、景気は回復途上との周囲の反対を押し切り消費税の引き上げを決定します。 景気回復は頭を打ち、名目GDPはそれ以降20年近く500兆~530兆円の間を漂います。 暗黒の20年の始まりです。

3万円乗せの株式市場は、コロナ禍を契機に新たな景気拡大路線に入ったと感じています。 暗黒の20年からの脱却に、コロナ問題は大規模な景気対策の合理的な口実を与えてくれています。
(中嶋)