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ブログ:Onevoice

小川 真由美 の投稿

彼に初めて出会ったのは、高1の時の部室でした。
失恋して泣いていた私に、先輩が「これでも聞けよ」とくれたカセットテープ。
思いにリンクした歌詞に号泣してしまったのを覚えています。

浜田省吾『片想い』

当時好きだった、中村あゆみ、PRINCESS PRINCESS、そして少し後のDreams Come Trueなど
等身大の女の子の恋愛観をうたったものや、
ちょっと不良の憧れの先輩のような尾崎豊に対し、
浜田省吾はちょっとドキドキするような大人の世界でした。
またたく間に夢中になり、テープが伸びるほど繰り返し聞いたなぁ。
音楽番組には全くといっていいほど出てこないミステリアスなアーティストで、
一度コンサートに行ってみたいと思ったまま30年。

動く浜田省吾を、初めて見ました。
映画『旅するソングライター』
正確に言うとライブコンサートというのでしょうか。
コンサートツアーの映像にプラスして、
世界中の美しく幻想的な自然の中で歌う彼の姿をリンクさせたもの。
もちろんコンサートには負けますが、圧倒的な臨場感、迫力の音楽と映像に心が震えました。

なによりも、動く”浜省”!!
こうやってリズムを取って
こうやって踊って
こうやって歌うんだ・・・

アルバムのジャケットで見た彼よりも当然おじさんにはなっていましたが、
格好よく年を重ねた姿が素敵でした。

映像では巨大なコンサート会場いっぱいに埋め尽くされた会場のファンの表情も時にとらえたりするのですが、
その年齢層の幅広さにびっくり。
愛する女性への思いを歌っていた彼が、
家族を歌い、子供世代への思いを歌うようになるのと同時に
かつて彼の恋愛の歌に涙したお父さんが子どもを連れて来ていたり、
また私の親世代がご夫婦で来ていたり。
人は歌と共に歳を重ねていくのですね。

座ったままみられる映画館のコンサート。
隣の大人しそうな女性も、
前のちょっと頭が寂しくなりかけた男性も
皆、浜田省吾が好きなんだと思ったらなんだか嬉しくなって、
そしてそんなことを思っていたのはきっと私だけじゃなくて、
映画館全体に一体感が生まれ
彼の歌声の世界にどっぷりはまって映画館を出ました。

今週見に行ったばかりで今日書いて申し訳ないのですが・・・
『旅するソングライター』は2週間限定上映で
今日22日まで。
ただ、DVDでもオススメです。

そして、映画館を出た後、友人と交わした会話。

恋人にフラれて、真夜中の高速を海まで車で飛ばした経験がないと
あの恋の歌は歌えなかったよね。
バイクとかさ。
思いついたときにすぐ乗れないライドシェアでも、
前の車と同じ速度の自動運転でもないし、
スマホの画面やAIスピーカを相手に寂しさを紛らわしてちゃ、
あのエネルギーは生まれなかったよね。

あの時のカセットテープ、たぶんまだどこかにあるはずです。
昭和の音質で聞いてみようと思います。


根っからの貧乏性なのでしょうか
銀座や表参道などのブランドショップ、空間を贅沢に使ったショーウィンドーを覗いていると、
一体このバッグ一つにいくらの人件費といくらのテナント料が上乗せされているのかしら・・・
素直に値札の価格が受け取れません。

道行く人々を観察していると、
ショッピングバッグを手にしているのは多くが外国人。
奇抜で見るからに高そうなファッションで身を固めた客が
パッパと品物を手に取り、接客する店員も流暢な英語や中国語で対応。
なんだろう、この敗北感は。
恵まれた日本で生まれ、幸いにもこれといった経済格差を感じずに過ごしてきましたが、
初めての種類の疎外感を感じます。

いや、前にも一度あったな。

2000年初頭にドバイを旅しました。
珍しい旅先が大好きで、まだあまり日本人観光客のいなかった街に、小娘2人で張り切って旅をしました。
”侘びさび”の世界、控えめを良しとされる国で育った我らにとって、
広大な砂漠にキンピカのビルが立ち並ぶドバイの街並みは眩しいの一言で、
金や香辛料のマーケットに、広大な砂漠、民族衣装も含め、
見る物すべてが珍しく感じました。

思い切り背伸びをして、
日本では手に入らない欧州のオシャレ高級ブランド(とアパレルの友人がワクワクしていた)の店を歩き回り、
素敵な靴にウットリしながら、裏を返して値札にションボリ。
そんな私たちの頭の上から、黒く長い袖が伸びてきました。

「これ、いただくわ。」
伝統衣装=アバヤに身を包んだ、おそらく我らと同年代の若いアラブ人女性。
ドバイはかなり大柄な人々が多い印象でしたが、
彼女も180センチ近い高身長、すらりと長い腕で美しいデザインの靴を何足も手に取り、
片っ端からお買い上げ。
一瞬、フフンと見下ろされた気がしたのは、多分我らのひがみだ。きっとそうだ。
くーっ!!
ホテルに帰ってヤケ酒を飲んだのを覚えています(笑)

そんな敗北感を思い出した、ある日の表参道でありました。
遠い目・・・。

今日から春節のお休み。
爆買いで日本経済を支えて欲しい一方で、
またどこか羨ましく眺めてしまうのでしょう。

一度でいい、値札を見ないで買い物をしてみたいものです。
一度じゃなくて、いいけども。


海外土産

小川 真由美

2018/02/08 13:07

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ゲストの方に、お土産を頂きました。
ブログで公開していいか未確認なのでお名前は書きませんが、
冬休みを利用して東欧&経由地のカタールを旅していらしたとのこと。
ウィーンやプラハの伝統的な街並みのお話や、ドーハのバブリーな経済のお話など、
興味深くお話を伺いました。
お土産はウィーンの伝統菓子“ザッハトルテ”
アプリコットジャムの入った濃厚なチョコレートケーキをチョコレートの糖衣でコーティングしたもの。
シャリシャリとした食感のチョコレートコーティングと
しっとりした濃厚チョコレートケーキの食感が対称的で
ヨーロッパらしい重厚な伝統菓子でした。
ビックリするような重さのお菓子。さぞかし持ち帰りが大変でしたでしょう。
嬉しく頂きました。ご馳走様でした。

ラッキーなことに、
木曜レギュラーの証券アナリスト廣重勝彦さんも先週はスイスのダボス会議帰り。
お土産のスイス製チョコレートを頂き、
ダボスのお話を伺いました。
番組でもお話しされていましたが、ダボスとは山間の長閑な酪農集落であるとのこと。
チーズフォンデュなどを満喫していらしたそうです。

週一回のレギュラーを何本か抱えているため、なかなか長期休みを取ってどこかへとはいかないこの頃ですが、
ヒトさまのお土産話を聞くと自分自身も旅の疑似体験をしたような気持ちになれて嬉しいです。

廣重さんのチーズフォンデュのお話を聞いていたらたまらなくなり、
遠いスイスの山間に思いを馳せ、自宅でチーズフォンデュをすることにしました。
・・・のはずだったのですが、私、チーズフォンデュというものをこれまでに一度しか食べたことがなく、
フォンデュの鍋もなければノウハウも知らなかったので、
急遽内容変更、アヒージョ大会に。
(国が違うよ、それはスペイン)
卓上たこ焼き器にオリーブオイルをなみなみ注ぎ、
にんにくのみじん切りと塩、唐辛子をイン。
後は自由に銘々の好きなものをオイルで煮るだけ。

海老・烏賊・帆立・タコなど魚介類に始まり、
ベーコン・ウインナなどの肉系、
マッシュルーム・エリンギ・椎茸などのキノコ系に、
ブロッコリー・ほうれん草など固ゆでしたもの。
自分の好きなものを好きなタイミングで煮て楽しみました。
意外と美味しかったのは固ゆでして水にさらし、灰汁抜きしたフキノトウ。
軽く塩をまぶして頂くと、春の香りが口いっぱいに広がりました。
食材の準備さえしてしまえば、あとはホストも座ったまま。
最後に残ったガーリックと食材の出汁がしみたオイルはパスタに。
楽チンで美味しいメニューでした。

季節の食材で色々に楽しめそうです。
春の山菜に加え、ホタルイカなんかもこれからの季節いいですね。
ただし、アヒージョ大会はできれば次回はヒトの家で行いたい。
大会後、丸2日、ガーリック臭だけでご飯が食べられそうでした・・・。
私、リュック族です。

きっかけは3~4年前。
体のゆがみを気にしていたところ、友人に勧められました。
仕事の道具やホットヨガの荷物など、
重たい荷物をいつも右肩に掛けていたのですが、
なにかの拍子、逆の左肩に持ちなおすと・・・
なんと重いこと。
いつの間にか、身体が右肩に重いものを掛ける態勢をとっていたようです。
そういえば肩こりも慢性化しているし。

「リュック、いいよ。」

とは言われたものの、なんだか小学生のランドセルみたいだし、どうなの??
抵抗感を持ちつつも、試しに背負ってみたら驚きました。
肩の一点で支えていた重みが、両肩および背中に分散されるため、
同じ重さを背負っても全く重みを感じません。
両手が自由になって、何よりも歩く速度がリズムよく、スピードアップする気も。
なんと快適なのでしょう。

当初の問題点はただ一つ、ファッション性。
私の場合、仕事で持ち運ぶバッグはA4が入ることが基本なため、
ビジネスでも使えるリュックサックはどうしても色気なし。
最初に求めたものはナイロンに牛革のパイピングが施された
黒のごついタイプでした。
普段使いにはいいけれど、お洒落したい日にはちょっと・・・。
もう少し何とかならないものかと思っていたところ、
ラッキーなことにブームがやってきました。
女性用のおしゃれなものや有名ブランドなどのものも含め、
選択肢がだんだんと広がり・・・

ビジネスにちょっとしたお出かけ、旅行など、
色々なシーンに合わせて、気付いたら6個に増えていました。
ストックボイスを見渡してみても、中村鋭介記者をはじめ、若手はリュックサック派が増加。
背筋もシャキッと伸びて、なかなかいいですよ。

良さを改めて実感したのは昨日。
かつて持っていた肩掛けバッグを掛けてみたら、
その重さに悲鳴をあげそうになったから。
どうやら私の身体、正常に戻ったようです。

騙されたと思って一度お試しあれ。




土曜の朝刊一面の記事を注視してしまいました。

「オウム裁判終結へ 最高裁 高橋被告の上告棄却」

やっとか・・・
一連のオウム事件に関してはいまだ明らかになっていない点もたくさんありますし、
優秀な頭脳を持った若者たちがなぜ犯罪に手を染めていったのか、知りたくても分からない点もたくさん。
日経にも「未曽有の犯罪 司法に限界」というコラムがありましたが、
なぜ、どうして。疑問ばかりが残ります。

実はこのオウム事件は私の社会人人生のスタートと同じ時期に起こりました。
福島の放送局に内定をもらい研修期間として勤務を始めたのが1995年の3月。
この月の20日、「東京の地下鉄で大変な事が起きているらしい」
通信社から配信された速報に得体のしれない恐怖を覚えました。
地下鉄サリン事件です。

アナウンサーとして独り立ちを始めた頃。
最初に夜のニュースを1人で任されたのがその年の9月。
気象・交通・事件・事故・・・
想定されるあらゆる不測の事態に対する全ての研修を受け、
万全の態勢でニュース当番に。
編成局全体が会議で出払った初めての晩に速報が入りました。
「坂本弁護士一家遺体発見」
どうしよう・・・
想定されなかった不測の事態を地方局の新人アナウンサーが一体どう報じたらいいのか、
途方に暮れながら、震える声で速報を伝えたのをよく覚えています。

今年でアナウンサー生活23年。
世間ではベテランと言われる時期に入ってしまいました。
そんな私が社会人スタートの頃に起きた事件がようやく終結へ。
被害に遭った方々、遺族の方々にとってたまらなく長い年月だったことでしょう。

裁判が終結したからといって決して返してもらえない大切な時があります。
遺族の方々への取材記事などを読み、胸が締め付けられる思いでした。