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西谷 祐紀子 の投稿

京都三大火祭をご存知でしょうか。

有名な「五山送り火」の他に、「鞍馬の火祭」「清涼寺のお松明式」という火祭りがあります。

春まだ浅い京都へ、この三大火祭りの一つ、清涼寺のお松明式に出かけました。



(北野天満宮は梅満開でした!)



清涼寺は通称「嵯峨釈迦堂」。

嵯峨にあるお釈迦様を祀るお寺です。


清涼寺のお松明式は、釈迦入滅の日に、その遺徳をしのぶ「涅槃会」の行事の一環として行われています。

本尊の釈迦像は、国宝の秘仏ですが、この日は公開されていて、しかも普段はお坊さんしか入ることのできない目の前まで近づいて焼香できるようになっていました。


こちらのお釈迦様は、37歳当時の生きている時に作られた若いお姿の仏像で、片肌を出さず波状の衣をまとっていることと、頭が大仏様などの螺髪ではなく編んだ髪の毛を巻いた渦巻き状になっている二点が特徴であること。

インドから、中国を経て、日本に来たことや、身体の中に五臓六腑の模型が入っていたことなど、お寺の方が教えてくれました。


松明式は3/15の夜に行われます。

高さ7メートルほどの3本の松明を早稲、中稲、晩稲と見立て、昔はその燃え方で1年の豊凶を占ったのだそうです。





時間になると、火のついた藁が、3つの松明の中に順に投げ入れられます。

徐々に火が広がり、大きな松明がゴーゴーと燃えあがります。

松明の上を舞う火の粉は、とても美しく、不思議にも粉雪に似ていると感じました。

(過去には風に乗って飛んだ火の粉で、ボヤになったこともあったそうです)



燃え盛る松明、僧侶たちのお経、保存会の方の半纏や提灯…心に刻まれました。

この火祭りは、あまり観光化されていなくて、地元の人たちの行事に、自然に参加させて頂く雰囲気がとても良かったです。


地元の方々にとって、お寺が身近な場所で、この火祭りを大切にしていることが感じられました。

3月半ばの嵯峨の夜はかなり底冷えして、20時の松明式が始まるまでの寒かったこと。

でも、お坊さんたちと地域の皆さんの距離が近く、京都の中でもいい意味での田舎感があって、気持ちがほっこりあたたかくなりました。


2019年、初投稿です。

皆さま、本年も宜しくお願い致します。



お正月には青森に帰省致しました。


着付けを習っている母に教えてもらって今回こそ着付けを覚えようと、

毎日、ある日は1日2回も着物を着て過ごしました。

毎日着物を着て満足、でもやっぱりまだ自分一人で着ることは出来ないかな。


私が気に入っているのが、祖母が、私の母にどうかしらと出してきた古い着物。

古典柄が逆にモダンに感じられます。

絹で軽くて柔らかくて着やすいです。






ところで、今回の帰省では面白いものをみつけました。 

小学生の自分が描いた絵本です。


恐らく図画工作の授業で作ったのではないかと思うのですが、

手にとってもあまり記憶がありません。


どんな内容なんだろうと開いたら…

絵本ですが、短いので、その文の部分だけご紹介します。




「うさぎときつね」


むかし、うさぎさんときつねさんがすんでいました。


ある日、きつねさんが「うさぎさん、明日の夕方かけっこしよう」「うん」


きつねさんは足がはやいので、くやしいうさぎさんは『ボウボウ草』のところでこうたいしてほしいと、

妹にたのみました。


そして、次の日の夕方。

ヨーイドン


走った、走った!

もちろんきつねさんが先、そして、ボウボウ草の所で、妹のうさぎさんが走っていきました。


ゴール

ヤッター!


こうしてうさぎさんがかったそうです。


おしまい 。



えっ??

おしまい?これで終わり?


有名なうさぎとかめのお話に似過ぎてるし、

結局ズルをして勝ったというエンディング。

オチも、教えも何もない物語に思わず笑ってしまいました。

現在では、坂東玉三郎しか演じることができないと言われる『阿古屋』。

かねてから、いつか観てみたいと思っていたのですが、先日、その機会に恵まれました。


この度の12月大歌舞伎では、若手の梅枝、児太郎のお二人も阿古屋に挑むとのこと。

玉三郎だけと言われてきたこの演目が、次の世代へ継承されようとしている…

玉さまの阿古屋があと何回上演されるのかわからない今、見逃すわけにはいきません。



ご存知の方もいるかと思いますが、阿古屋が登場する「壇浦兜軍記」のあらすじを簡単に。

「阿古屋」は平家の武将悪七兵衛景清の愛人である遊君。

平家滅亡後、行方をくらました景清の所在を知っているはずと、問注所に引き出されます。

指揮を執る重忠は、阿古屋に、拷問として、3つの楽器を演奏すること、「琴責め」を命じます。

言葉に嘘があるならば、調べに乱れが表れるだろうと。


阿古屋が弾くのは、琴、三味線、胡弓。

3つとも、全く乱れることなく、弾ききらなければならない。

これが難役とされる所以です。



tamasama



この日は、幸運にも、花道の真横のお席でした。

阿古屋は花道からの登場です!

さっと幕がひかれて、阿古屋が現れた瞬間、会場中から「わぁ〜!」というため息。

私の後ろの席の方も、思わず「わぁ、きれい、うわぁ〜」と繰り返しつぶやいていました。

孔雀の刺繍が浮き出るような俎板帯や色打掛など、花魁衣装の華やかなこと!

引き締まった、しかし、本当に美しく見惚れてしまうようなお顔を、まばたきもせずに、目に焼き付けました。


そして、三つの楽器の件へ。

歌舞伎役者でなくても、琴と三味線と胡弓、全てを弾くだけでも容易なことではありません。

楽器を奏でながら阿古屋という人物であること。

そのふたつを同時にやり、それをずっと継続させていくところに難しさがあると玉三郎自身がインタビューにこたえています。


ところで、皆様は「イヤホンガイド」は使う派ですか?

なんとなく、自分の五感だけで感じたい気もしてしまうのですが、この度はおとなしくイヤホンガイドを頼って観劇を致しました。


それによりますと、3つ目の胡弓で演奏された曲目は「鶴の巣篭」。

景清の子を懐妊している阿古屋が、巣で卵を温める親鳥と自分を重ね合わせ、ここでお腹の子共々殺されてしまうのか、生き延びてもこの子を育てていけるのか…

心の内にはそんな思いも忍ばせているとか。


こうした解説がないと、懐妊しているとは舞台を観ているだけではわからないので、私のような素人はやはり利用したほうがよいですね。



玉三郎さんは、あるテレビの対談で、常に引き際を考えている。

そして、それをあまり重要なこととは思っていない。

これまでに十分にやってきたし、あれ?あの人最近観ないわね、ぐらいの感じが良い、と話していました。


あの当代一の美しい女形も引退の日が来る…。

それも風のように舞台から突然さっといなくなってしまうかもしれない。

人間国宝の芸を、観られるうちにできるだけ瞼に焼き付けておきたい!

歌舞伎座に通う回数が増えそうです。

ボヘラ

西谷 祐紀子

2018/12/05 12:00

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話題の映画、『ボヘミアン・ラプソディ』を観ました。

ロックバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画です。


先月、『日日是好日』を観た際に、看板や予告映像を見た時には、「これはクイーンのファンやその時代の音楽好きをターゲットにしたコアな映画かな」くらいに思っていました。


ところが、公開後興行収入が右肩上がりに上がり続ける大ヒット!すでに観劇した友人からのアドバイスは「絶対に、音のいい映画館で観た方がいいよ!」とのこと。

六本木ヒルズの映画館でプラス200円の 「ドルビーアトモス」というより臨場感溢れる音を体験できるシアターで観劇致しました。


こちらの映画館には、上映料金プラス1000円や、プラス3000円という特別シートもありました。この映画ならではか、50代くらいのカップルやご夫妻などが利用されているのを見かけ、「プラス3000円シートなら、映画で二人で10000円かかってる…」なんて下世話な計算をしてしまいました^_^ちなみに満席でした!


さて、映画ですが、内容については、いわゆる「ネタバレ」になりかねないので、あまり書かずにおきますが、私は観て良かった!

クイーンについて、名前や曲は知ってる程度の初心者の私にも、映画として純粋に面白く、ラストのライブエイドのシーンは「いい音シアター」を選んだ甲斐あって、思わず身体が動いてしまうようなグルーヴを感じ、バンドとしてのクイーンも楽しめます。


フレディ・マーキュリーのバックボーン、人間性、取り巻く人びと、セクシャリティの問題…

テンポ良く説明的すぎずにストーリーが進みますが、上映後には45歳という若さでこの世を去ったフレディの人生に改めて思いを馳せ、切ない気持ちになりました。


クイーンのメンバー役が、本物ととても似ているところも話題です。歌は役者さんが歌っているのか、フレディの声の合成なのかも気になりますが、それも最新技術が使われているようです。興味のある方は調べてみてくださいね。


新宿や京都では「爆音映画祭」での上映も予定されているそうですので、より大音量で楽しみたい方はこちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。


今朝の日経新聞。

「置き勉」問題に対して、デジタル教科書へかじを切ってもいいのでは、という記事がありましたが、今、あらゆるモノで 紙 → デジタル への移行が進んでいますね。 


私も今、変える時なのかを迷っていることがあります。

それは、スケジュール管理をこれまで通り「手帳」で行うか、「Googleカレンダー」に変えるか。 


これまで7〜8年、毎年同じ手帳を買い、使ってきました。

細かい自分なりのルールを何年かかけて決め、やっと近年、最適な手帳運用ができていると思います。


しかし、この秋、手帳と併用で使ってみようかなとはじめたGoogleカレンダーが…便利でなりません!


【Googleカレンダーのよいところ】

・自分のスケジュールを確認したい時に、スマートフォンで手元ですぐに確認できることが予想以上に楽!


・細かい色分けもでき、1タップで詳細を確認できたり、一日→週→月と表示切り替えも自在。メールで届いた情報もそのまま入力。


・今の季節、今年と来年両方の手帳を持ち歩く必要がない。スマホ一台以外の重量が皆無。



サポート的に使うつもりが、気づくとGoogleカレンダーを主軸にしている自分がいて、これは完全に移行する時が来たのだろうかと逡巡。


いや、しかし、「●日から◯日までのどこかで収録あり」といった場合、

手帳ですと、その日程間にスーッと線を引き、矢印で示せますし、

仮押さえしておいた日程が変更になった場合は文字を消さずに上から×をして履歴として残せる。


とても細かな微妙な使い勝手から、やはり来年も「手帳」で行こう、といったん決心。


ところが!

一昨日、手帳の半分くらいの文字が消えるアクシデント。

そう!今の私の手帳運用のマストアイテムはフリクションボールペンなのですが、

開いておいた手帳の上に何か温かいものを置いたのか、はたまた猫がずっとのってたのかな?


原因不明ながら、恐らく何かしらの熱で消えた文字。

慌てて手帳を冷凍庫に入れることで、最低限の復活は果たしたものの、

また手帳を卒業すべきなのかと、悩みが振り出しに戻ってしまいました。