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小川 真由美 の投稿

続・手紙

小川 真由美

2021/04/10 18:14

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先週の続きです。


久しぶりに書いた友人への手紙。

もう届いたころかな・・・

読んでくれたかな・・・

何日か考えている間に、先方からのお返事も手紙で届きました。

「電話しようかと思ったけど手紙にしたためます。」

彼女の人柄が伝わる丁寧で美しい文字の手紙にじーんと来ました。

改めて、手紙っていいなぁ。


私、実はレターセットマニアで使い切れないほどの便箋や封筒、一筆箋に葉書などを持っています。

時々出して眺めるくらいで、このままでは宝の持ち腐れだと思い直し。

筆まめな人になろうと、実家への荷物に甥や姪たちへの手紙を同封しました。

「ありがとう!」

返事は電話。

ま、そんなもんです。


字は人を表すと言いますが、

これでもかつてはきっちり几帳面な字を書いていました。

それがだんだん何と言いますか進化を続け・・・

櫻井キャスターに『小川ノート』と呼ばれる、日々の株式データを綴っているノート一つをとっても、

データを付け始めた2008年頃は小さく揃った字が並んでいるのですが、

最近のノートには枠をはみ出すくらいの大きな字が躍っています。

きっと人間も変化してきているのでしょう(笑)


美しい文字の筆まめな人にワタシハナリタイ。

手紙

小川 真由美

2021/04/03 13:33

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久しぶりに手紙を書きました。


ここ最近、何かを伝える手段はほとんど

「通信」であって「郵便」ではなくなっていますが、

メールで簡単に済ませたくない目上の友人への連絡があって

久しぶりに便箋に向かいました。


まずは便箋選びから。

季節の花などをあしらったレターセットの中から

春の花、スミレを選び

筆記用具は使い慣れた0.5ミリの水性ボールペン。

いざ書こうと思ったら、

あれ?手紙ってどうやって書くんだっけ。

拝啓か、前略か、

季節のあいさつはこれでいいのか?

縦に字を書くの久しぶりだなぁ。

漢字が思い出せなくてスマホで調べ調べ、

ページの最後で文字を誤り

修正液か・・・書き直すか・・・ごまかすか・・・

ああ手紙って大変。


今年から干支ではなくなったお年玉付き年賀はがきの当選切手、

あらシールになったのね、これは便利と丁寧に貼り、

ポストに投函。

手紙を書こうと思ったのは冬だったのに

桜が散ってようやくの投函となりました。


さて。

投函したはいいものの、

挨拶はあれで良かったのか、

表現はあれで良かったのか、

あれ?そもそも何と書いたっけか、

気になることが色々。

メールだったら送る前に読み直して書き直し、送った後も読み返せますが

何とも落ち着きません。

そろそろ届く頃かしら、

最近いつもメールだったから、ポストに見つけたらどんな気持ちで封を切るかしら、

お返事は電話かしら、メールかしら、手紙かしら。

メールで送れば相手が読んだこともすぐ分かるし、

お返事もすぐなのにね。


やり取りに最低でも数日かかるこの古典的な手段、

今、色々と想像を膨らませながら反応を待っているところです。






引き続き細心の注意を払って生活していますが、
なんだろう、先週と今週では何か大きなところで気持ちが違う。

東京で桜が咲いて
緊急事態制限が解除されて
久しぶりに靴を買いました。
しかも白いスニーカーばかり3足。
春の衣装を調達して
美味しいパン屋でパンを買って
空いていそうな時間を選んで一人で映画を見に行きました。
これだけのことでなんだかとっても幸福に感じました。
カラカラに乾いていた心に水が染み入る感じ。

我慢していたことが沢山あって
全てを叶えることはできないけど
今できることを少しだけ解禁。

体の健康はもちろん大切にしないといけませんが
『メンタルヘルス』
心の健康って大事なものだと強く思いました。

今週から上場セレモニーも再開されて、
久しぶりにアローズに戻ってきた拍手と鐘の音が心に響きます。
そして何よりも、
久しぶりにお会いできた中嶋キャスターはじめ、いつもの顔ぶれ。
4か月ぶりの再会に涙が出ました。
プロ野球2021シーズンも今日から始まります。
日常ってこんなにも嬉しいものなのですね。

ドリフで育った世代ですが、「もしも・・・だったら」

もしも元通りの、コロナなどに怯えることのない平和な世界が戻ってきたら。

①家族に会いたい
②農作業をしたり野山を散策したりしたい
③友人たちと居酒屋でワイワイガヤガヤ楽しく宴会したい
いや
③公園にゴザを敷いて賑やかな花見宴会をしたい
かな。

いずれもささやかな願いです。
ささやかですが、実現するのはいつになるでしょうか。

緊急事態宣言の解除を受けて、
1月から続いてきたストックボイスの第2次コロナ対策シフトも今日で終わり。
来週月曜から元の体制に戻ります。
日曜の夕方、岩本キャスターとメールで打ち合わせをし
サザエさんを見ながら準備していた月曜前場。
岩本キャスターから沢山のことを学ばせてもらいました。
ありがとうございました。
来週からは木曜前場に戻ります。
毎週お会いするのが当たり前だった中嶋キャスター、西谷さんはお元気かしら。
電話でしか声を聴いていなかった今野記者に中村記者、
スタッフの面々。
来週の再会が楽しみです。

小さな会社ながら、全体の半分にしか会えないまま
少人数で支え合ってきました。
絆も深まった分、かなり負担が掛かっていたのも事実。
特にスタッフは少人数体制でかなり無理をしながら頑張っていた様子です。

桜を見ながらみんなで慰労会をしたいな・・・
というささやかな願いもまだまだお預けで。





震災10年

小川 真由美

2021/03/13 12:30

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2011年3月11日、私たちは『東証IRフェスタ』のイベントで有楽町国際フォーラムにいました。

コーヒーを飲んで休憩していたら突然の大きな揺れ。

軋むガラスの天井やホール全体に鳴り響く正体不明の金属音に会場はパニックになり、

コーヒーが零れないように蓋をしてとりあえず仲間の元に急ぎました。

携帯情報で震源が東北と知り、

東京でこんなに揺れたのなら東北はいったいどんな状況だったのか、

わずかな情報しか得られない中、倉澤キャスターや鈴木一之キャスターらと固まって余震に怯えていました。

心配して兜町から自転車で駆けつけてくれたスタッフのギシ君の顔を見た瞬間涙が出そうになり、

その後みんなは事務所に宿泊。

私は家族の安否を確認しながら歩いて帰り、

水をやったばかりの鉢植えや大切な食器類が散らばる床を片付けもせず

滅茶苦茶になった部屋で首までコタツに入って

朝までずっと津波の映像を見ていた記憶があります。


その後の東京電力福島原子力発電所の事故、

自分の家に住めなくなった人は数知れず、

津波災害などで行方不明になったままの方もいまだ2526人。

10年という時が経っても癒えない傷は計り知れません。


震災から4か月後の2011年7月、会津出身の親友と共に福島を訪れました。

米国に住む日本人の友人が発起人となって募金活動をし、

皆さんの協力で得た義援金を南相馬市の市役所に届けに、福島市経由で浜通りに。

内陸を走る東北道はそれほど周囲の景色は変わらないものの、

アスファルトにかなりの歪みが出ていて揺れの強さを改めて知りました。

福島入りを知らせると仲間たちが大勢集まってくれました。

ホッとするほど変わらない愉快な仲間たちでしたが

放射能に関してTVで見る専門家以上の知識を持つようになっており、

東京に暮らしている私たちからは想像もし得ないような苦労を淡々と語る姿に涙が出ました。

「山間は特に線量が高いから必ず窓を閉めて、換気口もしっかり閉めるんだよ。」

「福島のためにありがとね。東京も大変なのにありがとね。」

なんて優しい人たちなんだろう。

首から下げているパスのようなものは何かと聞くと

「放射線測定器だよ。1年間でどれだけ体に蓄積するか調べるんだって。ま、実験台だよね。」

悲しそうに笑っていた姿が忘れられません。


翌日、アドバイス通り細心の注意を払って浜通りへ。

避難地域に指定されていた途中の山間の町には人っ子一人おらず、

あちこち通行止めになったままだったので四苦八苦しながらようやく海辺の町へ。

震災から4か月経っていても海岸線から何キロもある国道沿いには船が乗り上げたまま。

瓦礫や盛土もあちこちに積まれたままでした。

ちょうどその日は『相馬野馬追』の日。

大幅に規模を縮小しながらも敢行した800年を超える伝統のお祭りに集まった人々の表情に、

皆がこの祭りにいかに希望を託していたか痛感しました。


この文章を書き始めてからずっと、書こうと思ってからずっと、着地点が見つかりません。

書いては書き直し、書いては書き直し、いっそ書くのをやめようかとも思いましたが、

映画『FUKUSHIMA50』を見ていたら、封じ込めていた色々な思いが蘇ってきました。

陳腐な言葉で締めくくるのも嫌なので、ごめんなさい、今週はこのまま終わります。