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ブログ:Onevoice

小川 真由美 の投稿

平成←←←昭和最後の年(小川真由美 女子高生)
私のような人を「平成ジャンプ」というそうです。(ほっといて)


どことなく浮かれてるんです。
日常生活を平常心で粛々と過ごしているつもりでも。
だって悲しみを伴わない初めての改元まであと数日。
初めての世の中10連休。
真面目な顔して仕事をこなすスタッフたちも、どこかしらいつもと違う。
迫りくる大行事にソワソワを隠し切れずにいます。

先輩方が平成30年間を振り返ってらっしゃるので右に倣おうかと思いましたが、
平成のスタートを女子高生として迎えた私にとっては、
ちょっと重みが違います。
なんだろう。
昭和に対してはノスタルジーがありますが、
平成を一言で例えると・・・

”日常”

だったでしょうか。
女子高生が女子大生になり、社会人になり、一生懸命仕事して、
いい恋もたくさんしたし、失恋もしたし、旅行もしたし、美味しいものもたくさん食べたし。
平成の初めの頃には手にしたこともなかった化粧品に頼りきりになり、
平成の初めの頃には手にしたこともなかったクレジットカードで自由に買い物ができるようにもなりました。

平成=”大人”とも違うし、”社会人”でもないし、
今のところ”日常”という言葉が私にとっては一番しっくり来ます。

平成を一言で例えると・・・

今日の前場、電話でお話を伺った三木証券の高橋春樹さんは
「投資家にとって、平成という時代は”受難” ”我慢”の時代だった」
とおっしゃいました。

櫻井英明キャスターは、”流転” 
仕事も変わり、マーケットも流れて変わり、流転変化の時代だった。

櫻井さんがきっと”崩壊”と答えると思うな、と予想した
中嶋キャスターは”復興”
バブルの復興をし続けた30年間。その復興に向けての光明がアベノミクスの始まりであった。

平成=”時代”
とは小学6年生で平成を迎えたスタッフ。
生まれて初めて時代というものを認識したそう。
そんな小学生も今や立派なひげ面のおっさん(笑)2児の父です。

それぞれが思いを馳せながら過ごす平成時代もあと少しで終わりです。

平成から令和に切り替わった瞬間を祝う飲み物はピンクのシャンパンに決めました。

どうぞ、令和の時代もよろしくお願いします。
連休に備えて、毎週水曜と木曜にかけているスマートフォンの目覚ましをいったんオフにしました。
休み明けにお目にかかります。
よいお休みを!!
今年母が古希を迎えまして、
記念に子供たちから両親に旅行をプレゼントすることにしました。

「オーロラを見に行きたい!」
なんて途方もないことを言い出したらどうしようかとドキドキしていたのですが、
新婚旅行で行った九州に行きたいと。
旅行会社にお願いして特別プランを練ってもらいました。
長崎から、鹿児島、指宿まで飛行機や新幹線を組み合わせたフリーの2人旅。
事前に旅行情報誌を送り、
タブレットPCで写真を撮る方法を教え、
家族総出で準備。

旅行中は行程表を見ながら、
「今飛行機に乗ったあたりだな・・・」
「無事着いたかな・・・」
「乗り換え間違えずに行けたかな・・・」
気を遣わないよう、逐一連絡しなくていいからね、とは言ったものの
夫婦合わせて140歳になった両親。
心配で心配で、
それぞれの旅館到着の報から帰宅の報まで
受けた時にはホッと胸をなでおろしてしまいました。

いつから親子関係が逆転したのでしょう。
若々しい両親がずっと自慢だったのですが、
おかげさまで揃って元気とはいえ、
車の運転や物忘れの様など見ていると、歳をとったな・・・と感じることがあります。

旅をプレゼントしてみて初めて分かったのですが、
親として子供たちを海外に送り出した時。
東京や福島などに送り出した時。
心配度合いなど、今回の九州旅行どころの比ではなかったでしょう。
私自身、親になる機会のないままここまで来てしまいましたが、
親の心を知り、改めて心から感謝をしました。

楽しかった~!!ありがとう。
タブレットの写真を見せては嬉しそうに父と旅行の話をしています。
ささやかながらいいプレゼントができました。
次はどこがいいかしら。
たくさん恩返しします。

えーいち

小川 真由美

2019/04/11 11:47

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新紙幣の肖像画が決まり世の中が沸いた日、
若手スタッフに聞かれました。
「真由美さん、500円紙幣って知ってます?」
「もちろんよ、板垣退助のお札、知らないの?(←間違い)」

1950年~1985年まで製造された500円紙幣の肖像画、正しくは岩倉具視ですが、
私も子供でしたので極めていい加減な記憶力とご容赦ください。
「じゃあ、100円札は?」と後輩、にやり。
「知らんっ!」
これから先、何円札が誰だったかという記憶で大きく世代分けがされそうです。
しかし、500円札を知っているだけで年寄り扱いされてしまうとは。
ぎゃふん。(←これも昭和か?)

私の記憶が始まった時点では、
”大きなお札”=5,000円&10,000円は聖徳太子で、
”小さなお札”=1,000円は伊藤博文でした。

そのあと紙幣の肖像が改まったのは1984年。
お近づきになりたい順番に
10,000円札は福沢諭吉、5,000円札が新渡戸稲造、1,000円札は夏目漱石に。
最初は何だか馴染めなくて、貨幣価値が下がったような錯覚に陥りましたが、
その後しばらくすると世の中の流れに乗って、
10,000円札のことを”ゆきち”などと呼び始めます。
「天は人の上に人を作らず・・・」
偉大な功績を残した偉人も、
まさか150年のちの世で若輩者からファーストネームで呼び捨てにされようとは
夢にも思わなかったことでしょう。

2000年。
紫式部という、決して彼女のせいではなく
そこはかとなく影薄くなりけり・・・の人もいましたが、

2004年
10,000円札の”ゆきち”はそのままに、
5,000円札が樋口一葉に、1,000円札は野口英世に代わり現在まで。

このほど2024年度初旬の新札発行と相成りました。

新札のデザインを見ても今一つピンとこないのはこれまでと一緒。
ただこれもそのうち馴染んで、
我らが現在お世話になっている東京証券取引所や日証館にゆかりの深い渋沢栄一さんのことを
”えーいち”なんて呼び捨てにする日が来るのでしょうか。

パーセンテージで行くと、
”しばさぶろう”の方がご尊顔を拝す機会が多くなりそうですが、
2024年以降、出来うるなら”えーいち”とご縁の深い時代を送りたい。
切に願う新札デザイン発表ニュースでした。
千円札
財布に交じっていたお札。
「あれ?髪切った??」
と思ったら、久しぶりの”そーせき”さんでした。

改元

小川 真由美

2019/04/04 12:00

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このブログを読んでくださるほとんどの方にとって、
人生2度目、あるいは初めての経験となるでしょう”改元”。

昭和から平成に変わった前回、
経済としてはバブル真っ只中、株価も最高値を更新し続けていた時代でしたが、
昭和の末期、TVでは天皇陛下のご容態が毎日報じられていました。
血圧、脈拍、呼吸数、などの日々の発表に加え、
”下血”という言葉を当時高校1年生だった私が初めて知ったのはこの時です。
こんな数値まで公表されるとは・・・と
天皇陛下というお立場の大変さを思った覚えがあります。

それに対して今回の改元は明るいですね。
元号発表の瞬間、皆さんはどこでどうやって迎られたでしょうか。

平成31年4月1日。
この日私は競馬の調教師の皆さんとのゴルフコンペに参加していました。
時計を見ながら朝からソワソワ。
ちょうどお昼休みでクラブハウスのレストランに入った時でした。
オーダーした昭和ど真ん中のメニュー「ナポリタンとハムカツセット」が
目の前に運ばれてきたのは11:30直前でした。

一緒に回っていたメンバーとワンセグでTVニュースに釘付けになりながら
フォークでスパゲティをくるくる巻いて、上の空で口に運び・・・

11:30
菅官房長官、来ない
まだ来ない・・・

まだ来ない・・・
まだまだ来ない・・・

ようやくやって来たその瞬間は、
レストラン中でいろんな歓声が上がりましたよ。
「めいわ!?」
「いや、れいわ!!」
「L?R?]

令和という漢字が頭の中で落ち着いた頃には、
なぜか激辛になってしまった大盛ナポリタンを
知らぬうちにほとんど完食してしまっておりました。
上の空でおそらく2~3度タバスコを掛けてしまい、
それを上の空で食べていたのでしょう。

記念すべき新元号の発表の瞬間を、
私はオレンジ色に染まったピリピリ痛む口まわりで迎えました。
激辛ナポリタン、きっと一生忘れないでしょう。
あとは改元の瞬間ですね。
令和元年5月1日になる瞬間をどこでどうやって迎えるか。
試案のしどころです。



先週木曜がお休みだったせいか、どうも曜日感覚がおかしくなってしまいました。
朝起きた瞬間、はて、今日は何曜日だっけ?
水・木はもう10年近く同じリズムで生活しているので、いつの間にか体に染みついているのですね。
たった1日のお休みでこれなので、
5月の10連休なんて一体どうなっちゃうんでしょう、ちょっと心配。

そんな連休のご予定がお決まりでない方、または春休みにいかがでしょう。
今月16日にオープンしたばかりの飯能市「ムーミンバレーパーク」に行ってきました。

もともと宮沢湖という大きな湖のほとりにあった公園を改造してできたテーマパーク。
広い世代に愛されてきたムーミンの世界観がそのまま体験できる広い公園です。

「ねぇ、ムーミン、こっち向いて♪」
子供の頃によく見たアニメのテーマソングが今でも頭に染みついています。
キュートなムーミンの一家に加え、脇役のキャストもいいですよね。
ちょっと意地悪なミーに、大人女子のミムラ姉さん、
クールなスナフキンに、
なんだかよくわからないけど可愛いニョロニョロ。
今回のテーマパークでもそれぞれが存在感を全面的に出し、
自然豊かな谷で共生しています。

北欧独特の色彩とセンスが光る広大な公園は入り口から半分ほどが無料スペースになっており、
地元の皆さんが犬などを連れながらゆったり散歩を楽しんでいます。
有料ゲートをくぐるとムーミン色が豊かになり、アトラクションやショー劇場などが点在。
個人的に一番気に入ってしまったのは、”コケムス”という展示館です。
世界最大の品揃えといわれるムーミングッズショップやレストランをはじめ、
ムーミンの世界を、アニメーション、漫画、原画などさまざまな様式で展示。
期間限定で行っている企画展では、
原作者であるフィンランドの女流作家トーべ・ヤンソンさんの足跡を辿りつつ、
ムーミンの変遷を追っています。
トーべ・ヤンソンさん。
芸術一家に生まれ、自身も芸術畑をひた走った人物。
作家、劇作家、漫画家、CM作家・・・
マルチな才能を発揮されました。

実は初期のムーミンは、表情に乏しく、少し寂しい顔をしているんです。
初めて描かれたのは第一次世界大戦の頃。
そういった時代背景もあったのでしょう。
戦争が終わった頃から少しずつ明るい表情になり、現在のキュートなムーミンに変身していきます。
ムーミンバレーパーク、訪れる前は子供連れが楽しむ場所かと思っていましたが、
大人の好奇心も十分に満たされる世代を超えた世界が広がっていました。
ピクニックがてら、いかがでしょうか。