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ブログ:Onevoice

鈴木 一之 の投稿

「はだかの王様」の童話を地で行くような光景が目の前で繰り広げられています。老後に自助努力で2000万円を貯める必要があるという、例のごく最近の話題です。

日本国民は老いも若きも、ある年の世代から下は年金だけではとてもやっていけないということなど、とっくのとうに知っています。日本の年金制度はもはや長期的には維持不能であるという事実は、言われないでも充分にわかっています。「王様ははだかだ」と事実を事実として述べただけのことです。

そんなどうしようもない制度設計を、税金の使い方を正しくするのが政治や行政の仕事ではないのでしょうか。小学生の作文みたいですみません。

人生100年時代、年金がきわめて重大な問題ではあることは疑う余地はありません。最後のセーフティネットです。それは十分にわかった上で、しかしそれを野党が騒ぎ立てている姿が視覚の片隅に入ってくるととたんに気持ちが落ち着かなくなります。

夏の選挙を意識したパフォーマンスなのでしょうが、それだったら野党に一刻も早く代案を出してくれとお願いしたくなります。

年金問題の本質的な責任は、長年にわたって問題を放置、棚上げしてきた自民党と官僚にあります。しかし旧・民主党時代の2009~2012年、今の野党が政権与党の座にあった時代に、果たしてどれほど成果をあげられたのでしょうか。日本国民はこの時、政治改革に心の底から期待を寄せました。

それが最初の1年もたたないうちに垂直降下の失望に変わりました。東日本大震災と原発事故のあとは絶望感しかありませんでした。年金問題を含めてわずか3年で政権の座を追われた野党の自滅の本質が、年金を含めた政策担当能力の絶無にあったのは間違いありません。

フィナンシャルプランナーに専門的に聞くまでもなく、老後に準備する年金の不足額は2000万円ではまだ足りず、さらにもう少し必要です。だからこそ若い世代を含めて、日本国民は消費を抑えて貯蓄に励むのです。消費税は10%は当然として、そこからさらに引き上げられるかどうかが今後の焦点となります。

人生の悩みごとは、突き詰めれば「おカネ」と「人間関係」のふたつだけだと言われます。「老後の2000万円問題」は、日本人にとって人生を賭けて取り組む究極の課題として、じつに見事な集約の仕方だと変に感心いたします。
(スズカズ)


私がまだ小学~中学生だったころ。世の中のことをよくわかっていない子ども時代のことです。日曜日の朝食の席で父から世間の一般常識のあれこれをずいぶん教えられました。そういうことを子どもたちに教えるのが好きな父でした。

その際に繰り返し言われたことのひとつが、「その場にいる全員が参加できないような話題は自分からは提供しないこと」でした。その場の会合に4人がいるとして、そのうちの3人だけが会話できる話を持ち出すと、残った1人は話に加われないのでそれを避けるように、ということです。

このルールが正しいことなのかどうかはよくわかりません。しかしそう教わってきたために、そのような教えはのちのちまで私の生き方というか、日々の暮らしの過ごし方をずいぶんと広く規定してきたように思います。ほとんどすべての領域にわたると言ってもよいかもしれません。

話題の出し方はかなり制約がかかりましたし、それ以上に自分よりも自分以外の人の話題に意識が向くようになりました。

そういう部分を意識して話題を提供している人、無意識のうちにそういうルールを身にまとっている人、あるいはまったく意識していない人。本当に人はそれぞれなのだなあ、と年齢を重ねるにしたがってより強く考えさせられました。

人が生きていくうえでの悩みごとは、おカネにまつわることと人間関係の2点だけに集約されるとされています。親兄弟を含めて人間関係は会話を中心に築いてゆきます。その会話のきっかけをどのように始めてゆくのか。この部分は今も試行錯誤が続いています。おそらく死ぬまで続けることになりそうです。

雨が降って川に流れ込み、大河となって海にそそぐ、その最初の一滴が小さな雨だれの水玉です。人間の営みの最初のきっかけはどのように会話を始めるのか。大河につながる雨だれの一滴は、まさに自ら発する言葉の発語なのですね。
(スズカズ)
世界を揺るがせた天安門事件から、もう30年が過ぎたのですね。その事実を感無量の思いで迎えています。

1989年に起きた天安門事件は、人民解放軍が中国の人民に発砲するという前代未聞の出来事でした。リアルタイムで入ってくる深夜のテレビ画面の映像にくぎづけとなったことを覚えています。

戦車部隊が戦場ではなく北京のど真ん中、真夜中の天安門広場に列をなして整然と入ってくる光景は、どこの国の出来事なのか、何が起きているのか、にわかにはわかりませんでした。

事件が起こる1か月ほど前から、天安門広場には続々と中国各地から多数の人々が集まっていました。今から振り返ればこの時の大衆運動を「民主化を求める集会」と一言で形容してしまいますが、当時も今も中国は内部の権力闘争が複雑で、表に出てくる情報も少なく、どのような意味を持つ集会なのか私たちにはわかりにくいものでした。

日本はバブル経済の絶頂でしたが、それも後世のあと知恵で「バブルのピーク」と言われるだけで、その渦中にいる間はわからないものです。この時期の中国は経済危機に近いほどの景気低迷に見舞われ、それに抗議する農民や学生、工場労働者が集結していると日本では報道されていたように記憶しています。

それが突然、軍隊の投入、人民に向けての発砲です。国際世論はすぐさま反発し、国連を中心に中国に対して経済制裁を発動しました。中国は再び歴史の枠外に置かれたのです。

その後、90年代後半に中国が西側世界に再びすり寄ってきた時も、まだ先進国は懐疑的でした。WTO加盟に成功して2000年以降に目をみはるような経済発展を遂げるようになっても、どこか中国には完全なる信頼を寄せきれない思いがした背後には、やはり天安門事件の記憶がそのまま残っていたからだと思います。

思い返せば、この事件から世界は激動の時代に突入しました。1989年の東欧諸国の動乱に始まり、ベルリンの壁崩壊、ソ連解体、湾岸戦争。そして「9.11」を機に世界で頻発するテロ事件。

天安門事件のころには影も形もなかったインターネットは、その後急速に普及して、映像はリアルタイムで拡散するようになりました。ツイッターやブログによって、事件の背景説明やオピニオンも瞬時に手に入ります。

いま中国の動静に世界の目は再びくぎづけとなっています。この30年間で中国の社会が大きく変貌を遂げたのは事実ですが、しかしまったう変わっていない部分も確実に存在しています。チベット問題、ウイグル問題も含めて、「ふたつの中国」のうちの変わらない部分こそが中国に関しては今の今は重要なのでしょう。
(スズカズ)

株式市場に限らず、値段の上下変動がつきまとう相場というものには古い歴史があります。

世界最古の先物の取引所は、大阪の堂島米会所(こめかいしょ)です。1730年(享保5年)に設立されました。犬公方で知られる8代将軍・徳川吉宗が設立しました。当時の地名は大阪ではなく「大坂」でした。

江戸時代を形作った幕藩体制は、「米本位制」とも呼ばれる米(コメ)を中心とした経済制度でした。庶民も武士も主食はコメ、主要な経済はコメを中心とした農業、税金は年貢と呼ばれるコメ、家臣への報償もコメ(石高)、戦費の調達もコメ。

コメを運ぶために大坂や江戸の町には運河が整備されました。船荷証券や米切手が疑似通貨や有価証券として発行され、その信用力の裏づけとなったのもすべてコメでした。

そうなるとコメの価格が非常に重要です。江戸および日本という国の経済全体の動きは、コメの価格ひとつで決まります。そのコメ価格を決定するのが堂島米会所の最も重要な役割で、ここで決まるコメの値段が江戸幕府の体制を支えていたと言っても過言ではありません。

価格と言ってもたくさんありますが、最も重要な価格が有名な「火縄値段」です。一日の始まりに火縄に火をつけて、そこから取引が始まります。日が暮れて火縄の火が消えた瞬間の値段が「火縄値段」と呼ばれ、いわば終値に当たります。今も昔も変わることなく、マーケットで一番大事なのは「終値」なのですね。

経済は市場を通じて回ります。人が集まり市が立ち、人々の合意で価格が形成され、それが経済を運営する基礎となります。モノの価格の持つ重要性を今さらながら思い知らされます。経済がものの値段や株価を決めてゆくのですが、そればかりでなく実は、ものの値段や株価が経済の方向性を決定づけるという側面も大きいはずです。
(スズカズ)
大相撲夏場所が熱戦を繰り広げてます。隅田川をわたってくる夏の風が心地よく、暑くなく寒くなく、1年を通じて最も好きな場所と言うファンが多いのもうなづけます。

横綱・白鵬は例によって自主休場。ひと場所ごとに休む、出場するを繰り返す省エネモードはすっかり定着しており、この人には横綱としての自覚はまったく感じられません。令和の時代が始まって最初の本場所もあまり関係ないようです。

一人横綱の鶴竜も1敗を守ってはいますが、相変わらず決まり手は「はたき込み」ばかりで、横綱らしい堂々たる相撲からはほど遠い内容です。それでも国技館は連日の「満員御礼」で、相撲ファンは横綱以外のところにおおいに期待して盛り上がっています。

現在の大相撲の人気を支えているのは、若い力士です。将来が期待される有望な力士が続々と出世街道にのぼっています。黄金期と表現してもよいかもしれません。

新大関の貴景勝は残念ながらケガで休場を余儀なくされましたが、御嶽海、北勝富士、朝乃山、琴恵光、明生らが弾けるような取り口を繰り広げています。炎鵬、照強の小兵人気も復活して、二人が登場すると館内は湧きかえります。

そこに豪栄道、高安の大関陣、ベテランの琴奨菊、玉鷲、嘉風、妙義龍、松鳳山が壁となって立ちはだかり、栃ノ心、碧山の外国人力士も元気です。十両にも活きのよい力士が大挙して上を狙っています。幕下から中入り後まで、どの取組からも目がはなせません。

八百長、無気力相撲、親方や兄弟子の暴力。不祥事に明け暮れた平成年間を通して、相撲界の長年の悪癖をひとつずつ正してきた成果が今の興隆を生んでいるように思います。重ね重ね、稀勢の里の引退が惜しまれます。

株式市場は不安定な動きを繰り返しています。5月に入って昨日まで日経平均は「3勝8敗」。相撲で言えば負け越しが決まりました。だからと言って見るべきものがまったくないわけではありません。昨今の相撲界と同じように、若くて息のよい新芽があちこちで育っています。

株式市場も大相撲界を見習って、市場の抜本改革を図るべき時に来ているようですね。現在進行中の東証1部市場改革は、賛否両論が噴出しているようですが、やはりここは大胆なまでに推し進めるべきかと思います。
(スズカズ)