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ブログ:Onevoice

鈴木 一之 の投稿

来週の今日は5月1日(水)。令和の世が始まっています。今からどきどきします。

メディアはこぞって特別番組を組むでしょう。渋谷のスクランブル交差点や皇居前広場、深夜営業の飲み屋さん、来週の今日、日付が変わるころはどのような状況になっているのでしょう。私自身はおそらく自宅で寝床に入っているはずです。

ご退位される天皇陛下は昭和9年のお生まれ、ご年齢は85歳です。新しい時代の天皇像と皇室の在り方を築き上げてこられたことは日本国民の大半がよく存じ上げております。200年ぶりという生前退位の決断も含めてご心労も数えきれないほどおありになられたことと存じます。

東日本大震災の際には地震発生の直後から被災地に連日赴かれたエピソードが有名です。身内と家財を一度に失い悲嘆にくれる被災者のご家族が多く集まる避難場所に、天皇陛下が一歩入られた瞬間、まるで後光がさしたかのようにその場の悲しみが消え、多くの人が現状を忘れて笑顔を見せた、とその場に居合わせた関係者が述べていました。

皇室や天皇陛下のことを文章に表すのはとてもむずかしいのですが、人の域を超えた特別な存在であられることのつらさ、むずかしさは誰にもわからないのだと痛感いたします。まだしばらくはあわただしい日々となられるでしょうが「人生100年時代」と言われます。どうぞ美智子妃殿下とご一緒にごゆっくりとおからだをお休めください。

私にとって平成の30年間で、まっ先に思い浮かべる思い出は1997年11月23日。山一証券の自主廃業が報じられた日です。同じように2001年9月12日、前夜に米国で起こった同時多発テロ事件の第一報に触れた朝。あるいは2008年9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻した日も忘れられません。

大きな事件やニュースは周囲の風景とリンクして記憶に刷り込まれます。いつ、どこで、誰と一緒にその報道に接したか、その場の光景とセットになって記憶によみがえります。そしてそのような特別の記憶とともに、さして記憶にとどまらないまったく特別ではない30年分の時間もあったわけです。

おそらく今日という日もそのような「さして特別ではない日」に含まれてしまうのでしょうが、そうであっても確かにその日その時、私は間違いなく生きていたわけで、何かを読み何かを見て感じ、考えていたはずです。そういう特別ではない日を大切にしながら、新しく始まる令和の時代の毎日を歩いてゆきたいと思います。
(スズカズ)
未来の世の中の姿も、その時にあるべき企業の在り方も,流れが次第に固まりつつあります。

昨年暮れ、ファーウェイ副会長がカナダで身柄を拘束された直後の時期、米中貿易交渉が激化の一途をたどっていた時期は、全世界がこれから世の中はどうなるのだろうというどうしようもない不安心理に包まれました。背か最大の経済大国である米国と、世界第2位の中国が自国の経済を守るために真正面からぶつかりあったためです。

世界中の経済活動が止まり、企業活動も総見送り状態となりました。リーマン・ショックの直後と同じような、企業の受注や売上げが一時的に蒸発するという状況が再現されたのです。世界中の株式市場が右往左往を余儀なくされ、大口ファンドの一部は年末に向けて大規模な換金売りを出したものです。NYダウ工業株も日経平均も激しい下落を余儀なくされました。これも「リーマン・ショック級の下落」とのちに形容されました。

それから3か月。「小回り3月、大回り3年」と言いますが、日本は新しい年度に入り、新しい元号も決まって、振幅の大きさは次第に収まりつつあります。企業は次の時代に向けて何をするべきか、判明したところから少しずつ手を打ち始めています。

ホンダはトヨタとソフトバンクグループが設立した「MaaS」オペレーターに出資を決めました。日本電産は国内で1000億円規模のM&Aを実施します。上場企業といえどもM&Aはむずかしいものです。成功する事例は3割もないと言われるほどですが、そのM&Aの手腕では当代最高とされている永守重信会長が、この時期にこの価格水準でオムロンから子会社を買収します。

TKPは500億円を投じて世界最大のシェアオフィス事業者から日本事業を買収します。東京駅の周辺を歩いていると、気がつけば周囲は貸し会議室と貸し勉強部屋(シェアオフィス)の看板ばかりです。株式セミナーで大阪、名古屋、福岡、札幌に行くと、どの会場でもTKPの会議室ばかりを使っています。めぼしい会場は予約で1年以上先までどこも満杯のようです。

アマゾンは日本でのプライム会員の料金を1000円値上げします。ディズニーもサブスクリプション型のコンテンツ配信サービスに乗り出します。QR決済はますます広がり便利になっています。副業が解禁されて会社員は夕方は一目散に家路につき、自宅で第二の仕事に没頭します。ウーバーも上場します。

いま何をするべきか、先行きの在り方を決めたところから活発に動き始めています。株式市場もそれに呼応して新しい銘柄が盛んに物色され始めました。これからどうやって生きてゆくのだろう、という自問自答の時間帯に入ってきたような気がします。これには既視感があって、ITブームの西暦2000年ごろも同じように感じていたように思います。焦ってもろくなことがないので、焦らないようにしないと。
(スズカズ)
高度資本主義社会は壮大なるムダが存在することで維持されている。村上春樹は小説の中で登場人物に、繰り返しそのように主張させています。

ジェット機はエンジンをカラふかして燃料を余計にたくさん消費することで、経済はそれだけ多くの人に働く場を与え、より多くの給料を支払っています。運送トラックは行きが貨物を満載しても、帰りが荷台がからっぽでは効率ははなはだ悪いのですが、だからといって帰りの便を削減しては経済はそれだけ小さく縮まってしまいます。したがってここではカラでもいいから帰りの便も運航することが、高度消費社会を成り立たせるためには必要なのです。

村上春樹の作風を私が要約することなどとてもできませんが、少なくとも小説に関してはファンタジーと幻想の世界を描くことが得意です。主人公が経済の根本原理をストレートに述べるのは、その対極にある夢の世界との対比を際立たせる時に多く用いられます。現実世界は壮大なるムダによって成り立っている。確かにそのとおりなのです。

AIを使ってビッグデータを精緻に分析し、仕事の手順を根本から作り変えてゆく。人々は仕事中の時間を効率化して就業時間内にできるだけ効率的に働いて、18時以降の残業を一切しなくなる。そのぶん早く帰って、夜は家族や友人と過ごし、自分の余暇の時間を充実させる。それによって日本全体の生産性は徐々に改善してゆく。

働き方改革を推し進めることで描かれる未来図ははてしなく空想が広がってゆきますが、人間の仕事が効率化すればするほど高度消費社会を成り立たせていたムダの部分が少なくなってゆきます。それはきっと今よりも経済のパイが小さくなることを意味します。

人口が減ってゆく社会なのだから、経済のパイそのものが小さくなっても、みんなで分けあう分量はさほど変わらない、という見方も成り立ちます。厳密な経済理論に基づいて述べているわけではないのですが、壮大なるムダに基づいて築き上げられた高度消費社会が若干なりとも変わってゆくのは避けられないのでしょう。

生産性を高める、効率的に働く、AIやIoTやロボットを導入する。それらはすべて善きことであるとの前提で世の中が前に進んでいます。是非を問うことはできません。しかし社会のすみずみまで効率的に仕上がった世の中が、果たしてどれほど住みやすいものなのか、不安になることも多くなってきました。

午後3時、勤務時間中に喫茶店でひとり、コーヒーを飲みながらそう考えます。「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と誰かさんに怒られてしまいますが、私自身の中にはボーっと生きていたいという願望がどこか存在するような気がします。
(スズカズ)




春です、4月です。東京地方は少し寒さが残りますが、桜が咲いて、今日も青空が広がって、新入社員が街にキラキラあふれ出して、そして新しい元号が決まりました。

「令和」。きりっとした表記上の見た目、かっちりとクールな響きがとてもよいなあ、というのが率直な感想です。正式に新天皇が即位される5月1日まで、平成31年と令和元年がなんとなく並列する、誰も経験したことのない1か月間を過ごすことになるのでしょう。

小学校の時の同級生で名前が「玲子さん」という、とても勉強のできる女の子がいました。ショートカットで足が速く、もの静かで字がきれいで、しかも美人だったのでひそかに憧れていた男子も多かったと思います。私もそのひとりです。

新しい元号の響きを聞いて漢字を見て、真っ先に彼女のことを思い出しました。令和のれいと玲子のれいの連想です。小学校の卒業から40年以上が過ぎ、いつか会いたいと思いながら一度も会えないままです。今ごろどうしているのでしょう。

その令和元年は、わが国の景気動向が問われます。本日の日本経済新聞に掲載された2019年4-6月の「日経産業天気インデックス」では、調査対象とされている30業種のうち、4業種が悪化しました。

「曇り」→「小雨」に悪化する業種は「電子部品・半導体」と「通信」、それに「アミューズメント」の3業種。

「小雨」→「雨」に悪化する業種は「産業・工作機械」の1業種です。

反対に改善する業種は、「雨」→「小雨」の「紙・パルプ」の1業種となっています。

「日経産業天気インデックス」の全体では3四半期連続で悪化しており、指数は10.0まで低下しました。2017年1-3月以来の低水準でギリギリというところです。日銀短観も良し悪しのギリギリ、政府の月例経済報告も同じくギリギリです。

景気の先行きは人々の「気分」に負うところが大きいといいます。「令和」グッズが早くも全国的な盛り上がりを見せています。改元と10連休,そして株価上昇で弾みをつけたいところですね。(平成最後の日、4月30日夜の渋谷・スクランブル交差点はまた大騒ぎになるのでしょうか。〉
(スズカズ)






当たり前のことなのについ忘れてしまいがちになるものごとがあります。誰にでも祖父(おじいさん)と祖母(おばあさん)が2人ずついる、という事実もそのひとつです。

私の父方の祖父は私が生まれる前に亡くなりました。したがって写真でしか知りません。大きな戦争をまたぐとそういうことも多いのでしょう。その祖父を除けば、ふたりの祖母と母方の祖父のことはよく覚えています。兄弟けんかをしてひどく怒られたこともありました。おやつにさつま芋をふかしてもらったり、お年玉をもらったり、近所のお祭りに連れて行ってもらったり、思い出は尽きません。

3人とも(4人とも)明治の生まれです。私の父(昭和4年生まれ)は事あるごとに「明治生まれの人はやっぱり違う」と言って、いつも尊敬の念をもって接していました。太平洋戦争の戦禍をくくり抜け、その後の窮乏生活を耐え抜き、質素な暮らしですが礼節を忘れず、折り目正しく助け合って生きていました。

祖父母も父も亡くなりました。明治ははるかな遠景として写真でしか知ることができません。昭和もひょっとしたらそうなりつつあります。

200年ぶりに天皇陛下が生前退位することによって、「元号が変わる」という厳粛たる国家行事を今は祝賀の気持ちで迎えることができます。喜ばしいことには違いありませんが、それと同じくらいにさびしさも伴います。

ひとつの時代は元号が変わったくらいでは変わりません。昭和が平成に本当に変わったと実感されたのは、平成になって5年以上たってからです。1995年にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、社会の鬱屈や怒りがどこに向けられているのか、まるで見当がつかなくなりました。

ただし「元号によって規定される時代」というものも確かに存在します。「明治」と「大正」と「昭和」は世の中が明らかに異なっています。それと同じように「平成」もそれ以前の時代とは異なります。来週の今ごろは新しい元号が定められています。これからの世の中はどのように変わってゆくのでしょうか。

「朝日ジャーナル」が廃刊されたのが1992年。平成の30年間で大きく変わったものはたくさんありますが、国民に寄り添う天皇陛下と美智子妃殿下のお姿によって、皇室に向けられる世の中の見方もまた大きく変わったのではないでしょうか。
(スズカズ)