Logo stockvoice

ブログ:Onevoice

中嶋 健吉 の投稿

平成最後のブログです。 平成の振り返りは、当ブログで何度か投稿しているので、敢えて平成から令和に持ち越しになった気になる話題を取り上げてみます。 影の薄かった燃料自動車です。


自動車産業の未来は、コミ論調でも電気自動車(EV)に集約されたかの状況です。 個人的にはEV優勢の流れはあるものの、それに至るまではハイブリッド(HV)が間違いなく主流を続けると確信しています。 そもそもEVが注目されたのは、温暖化問題解決切り札として環境負荷の少ない自動車とみなされたからです。 その流れにガソリン自動車の分野で世界をリード出来ななかった中国が、まったく新しいコンセプトであるEVに覇権獲得の夢を託し国を挙げて取り組んだのです。 EVメーカーに膨大な補助金を与え、電源になるリチウムイオン電池は中国製使用を義務付け、自動車購入者に付与されるナンバープレートもEV優先を徹底しました。 メーカーは膨大な補助金を値引き販売の原資に使い販売攻勢を展開、購入者もEVならナンバープレートが即座に交付されるため、好みのガソリン車を諦めEVを選ぶ流れです。 中国EVのトップ企業BYDに支払われた補助金は、2009年~2017年で56.4億元(約936億円)と膨大なもので、2011年~2014年の純利益の合計を上回っています。


2018年の世界の環境適合車の販売総数は200万台強ですが、うち125万台が中国のEVです。 ここまで膨らんだ販売台数に補助金を付与し続けることは不可能です。 補助金不正問題もあり2021年には完全に廃止されます。 そして新たに補助金の対象になったのが燃料電池車です。 近々その補助金の内容が発表される予定です。 実はこの大きな政策転換には伏線がありました。


2018年5月に来日した李克強首相がトヨタの燃料自動車工場を視察、トヨタ燃料自動車「ミライ」が3分の水素充填で650キロの走行が可能なことに驚き大きな興味を示したといわれています。 帰国後の行動は早く、国務院に「水素燃料電池連合小組」を設置、2018年は中国の水素燃料電池元年とまで宣言しています。 4月22日に明らかになった、燃料電池車におけるトヨタと中国の北京汽車との提携はこうした流れから出たものです。 EVでは中国市場に強く傾斜している欧州メーカーの反応が見ものです。 欧州メーカーはディーゼルエンジン排ガス不正問題もあり、環境適合車への移行は不可欠なものでした。  しかし、ハイブリッド車のノウハウもなく、燃料自動車も日本勢に抑えられているためEVに特化するのが唯一の選択肢でした。 これで一気に燃料自動車に流れが変わるとは言えませんが、今までの影の存在から燃料自動車が表舞台に姿を見せ始めたこととは間違いありません。 勝負はこれからでしょうか? 

(中嶋)

TV画面いっぱいに広がるノートルダム大聖堂から立ち昇る炎を、ただ見つめていました。  それほどのショックです。  山一證券で足掛け11年近く滞在したパリ時代、特に新米駐在員だった1970年代には、毎週数組の本社依頼の訪問客の観光アテンドも主要な仕事の一環でした。 短期滞在の顧客に対し絶対に落としてはならない場所として、個人的にランク付けしたのは (1)ノートルダム寺院(2)凱旋門(3)ルーブル美術館(4)エッフェル塔―シャイヨ宮(5)モンマルトルの丘―サクレクール寺院 になるでしょうか。  特にパリ初体験の顧客にノートルダムを落とすと、帰国後のパリ体験談が成立しないとの指摘も数多くの顧客から言われたものです。 その結果いわゆる数えきれないほどノートルダム大聖堂を訪れたものです。


日本人にノートルダム大聖堂が身近に感じられるのは、文豪ビクトルユーゴの 名作「ノートルダム・ド・パリ」の映画化の影響でしょう。 日本では「ノートルダムのせむし男」として封切られました。 特に有名なのは1939年制作のせむし男カジモドを「チャールス・ロートン、ジプシーの女性エスメラルダをモーリン・オハラが演じたものでしょうか。 更にその人気を決定付けたのは1956年制作のもので、カジモドをアンソニー・クィーン、エスメラルダをジーナ・ロロブリジーダが演じ世界的にも高い評価を得ました。 個人的には中学生の頃と思いますが、TVで1939年版も見てひどく感動したことを覚えています。 年配の方では殆どの人が、どちらかの映画を、もしくは両方みているはずです。


これほどの大火災ですが、宝物の多くが無事だったのは不幸中の幸いでした。 特に観光客の記憶に残るのはステンドグラスの美しさでしょうか。 焼け跡の映像を見る限りステンドグラスの多くは残っているように見えます。 全てが無事であることを祈るばかりです。 個人的に訪問客の案内ルートとして、ノートルダム聖堂の大仕掛けのステンドグラスを堪能した後、近くの最高裁判所内にある小さな教会サン・シャペルの2階にある、全面ステンドグラスを見るのが定番でした。 小振りで、密度の高いサン・シャペルのステンドグラスの美しさは、ノートルダムとの対で成立すると個人的には思っています。  世界の歴史、文化、宗教遺産としてだれもが認める大聖堂の早い復旧を祈るばかりです。 

(中嶋)

1989年1月から始まった平成も30年の幕を下ろし、新たな元号「令和」へのバトンタッチが目前に迫っています。 平成30年間の振り返りに関しては各種メディアが連日報じている通りですが、内容的には「各種問題に振り回された、苦難の30年」との論調が目立ちます。 ではその前といえば、奇しくも同じ30年のインターバルで、1960年からバブルのピークの1989年まで、その間真逆の繁栄の期間であったことが分かります。 この繁栄の30年から次代の「令和」にその繁栄が繋がるかもしれない、象徴的な出来事を考えてみました。


前回の繁栄の始まりは、1960年12月に池田内閣が発表した所得倍増政策が引き金です。この政策を好感し日経平均株価(当時は東証修正平均株価と言われた)は14連投連騰を記録します。それまでの記録は1952年6月、1953年1月と2回にわたり記録した12連騰です。朝鮮戦争特需が景気を支え、敗戦でどん底にあった日本経済の復興のきっかけになったことが背景にあります。


この記録は2017年10月に破られます。日経平均株価はこの連騰記録を上回る16連騰を記録するのです。この16連騰を支えたのは、10月22日の衆院総選挙における自民党の歴史的な大勝です。国民は新しい繁栄に向けて安定政権を選んだといえます。かっての連騰記録は歴史的な転換点で起こっています。この新記録の16連騰の持つ意味は小さくないと思えるのですが。


ちなみに前回繁栄の起点になった1960年に皇太子殿下(令和天皇)がお生まれになっているのも偶然と思えず、令和の時代に期待を抱かせます。


春の選抜高校野球で平成初年度に優勝した東邦高校が、平成最後の今回に再び優勝し、平成を締めくくったのも象徴的ではあります。

(中嶋)

(▼売り越し 単位億円)  
 1月~3月15日‘2019年2018年
外国人▼2兆0552▼5兆7402
信託銀行8651兆5065
投信621 兆4172
事法89772兆5705
生損保▼1713▼3542
銀行▼1923▼7792
個人(現物)▼8462▼1兆9428
  (信用)791兆5733
  (計)▼8383▼3695
証券自己2兆19899722
外国人先物3兆1601▼7兆5760

【ポイント】

  • 今年の外国人の売り越し▼2兆円強は、先物の買い越し3.1兆円で相殺。
    売り一辺倒ではない。 
     
  • 外国人の2018年先物は▼7.5兆円の大幅売り越し。 しかしその大半になる▼6.1兆円は、1-3月2018年のもの。 一方今年は、現物が昨年同様売り越しながら、先物は3.1兆円の大幅買い越しになっていることに注目。 

  • 国内勢では投信、信託、事法の買い越しトレンドが継続している事に注目。 買いの主体としてその背景には、信託では年金基金、投信は運用難に落ちっている地方金融機関、事法は自社株買いの存在が指摘できる。 従って買い越し基調は一過性のものではなさそう。 

  • 個人の現物株は売り越し基調が続くものの、信用は買い越しに転じている。 必ずしも売りだけではなさそう。 

  • 1-3月の証券自己の大幅な買い越しに注目。海外の裁定ポジションを 3月末の配当取りのため国内に移管したようだ。配当課税が海外より国内が有利のため、3,9月の決算期に起こる現象。  扱いは外国人売りVS 国内自己買いになる。  1-3月の外国人売り越しの一部にはこのオペに伴う売りが入っている。 

  • 生損保、銀行の売り越しは続くが、金額的には無視できる水準まで低下している。 

  • 外国人の存在は依然として大きいものの、国内投資家が徐々にその存在感を高めつつあり、勇気づけられる。 

(中嶋)

両国にある大江戸博物館は、国技館の横にあり総武線両国駅からもよく見える特徴ある建物です。 かねてから訪問の機会を探していたのですが、亀戸天神の有名な梅を愛でる機会があり、それならばと、ひと駅隣の博物館まで足を延ばすことになりました。 巨大空間の中に再現された江戸時代の建造物、また当時の江戸を見事に再現したジオラマ等、予想をはるかに超えた展示物は見事なもので、むしろ大人が楽しむ博物館との認識を深めた次第です。


その中で一番印象に残ったものがあります。 三つの電話ボックスがそれぞれ黒幕で完全に覆われ、暗室状態に設えてあります。 最初のボックスには行灯の光のみ。 二つ目のボックスはランプの光、そして三番目は電灯の光と、それぞれ光の強さを比較し、感じられる作りになっています。 その中で行灯の光のなんと頼りなく、射光範囲の狭いかが実感できます。 行灯から50センチも離れると本を読むのも困難なほどです。


行灯だけの光の世界では、夜になると寝床に入るのが当たり前で、その時点で生産活動は停止します。 一方電灯の明るさは正に異次元のものです。 昼間の生産、趣味の活動を継続することが可能です。 物を作るだけではなく、思うが儘に楽しみの時間を拡大し発想を大きく広げることが可能です。価値として数式化は難しいものの間違いなく我々の生活を豊かにしているのです。


直近の日経新聞に次のコメントがありました。 「1800年以降に照明の価格は3倍近くになったが、明るさという品質の向上を加味すれば実質的には千分の一に値下がりしたのも同然だ」というものです。豊かさはGDPの外にある。 そんな世界の始まりを実感した次第です。 

(中嶋)